-勉強(者)と研究(者)の違い --研究者の役割 ---これまで誰も思いつかなかったアイデアを思いつくこと ---そのアイデアを実現(実装)して効果を確かめること ---誰も試したことのない事柄を試して有用性や効果を確かめること -研究者としての大学教授の役割 --技術者/研究者としてどの時代にも適応して高い技術力を社会に提供していくことのできる人材を育成することである --したがって,すでに求められた「解」や「知識」を学生に教えることではない(今の時代,書籍やWebを調べればたいていのことは自力で得られる) --研究という実践を通じて経験の少ない学生にそのやり方(アイデアの導き方や実現方法),すなわち問題解決能力を身につけさせることである --したがって,大学教授が「こうした方がいいんじゃない?」というアドバイスも絶対的に正しいとは限らない --大学教授のアドバイスはヒント(あるいは,解への近道)である可能性は高いが,それを実践する責任は学生にある --研究者としての大学教授の役割 ---技術者/研究者としてどの時代にも適応して高い技術力を社会に提供していくことのできる人材を育成することである ---したがって,すでに求められた「解」や「知識」を学生に教えることではない(今の時代,書籍やWebを調べればたいていのことは自力で得られる) ---研究という実践を通じて経験の少ない学生にそのやり方(アイデアの導き方や実現方法),すなわち問題解決能力を身につけさせることである ---したがって,大学教授が「こうした方がいいんじゃない?」というアドバイスも絶対的に正しいとは限らない ---大学教授のアドバイスはヒント(あるいは,解への近道)である可能性は高いが,それを実践する責任は学生にある ---「先生がこう言ったからやりました」の発想は単なる甘えである(あるいは,自分の成長を自分で妨げようとする行為である). ---「ホンダの哲学」http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK14027_U2A610C1000000/ --自ら考え自ら実践する過程(多くの試行錯誤/失敗)の中で問題を解決する普遍的な方法(社会人になっても必要なスキル)を学ぶのが学生の仕事である ---自ら考え自ら実践する過程(多くの試行錯誤/失敗)の中で問題を解決する普遍的な方法(社会人になっても必要なスキル)を学ぶのが学生の仕事である ---解を大学教授から得よう(あるいは,得られる)と考えるのは学生として本末転倒である ---忙しい自分の代わりに学生に解を出させようとする(いわゆる学生を奴隷のようにこき使う)大学教授も本末転倒である